ここに書かれた記事などはスタッフ個人の意見や主張を含む場合があります。白馬ハイランドホテルはその内容や真偽についての一切の責任を負わないこととします。

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2010年09月08日

白馬ハイランドスノーパークが無くなる日・・・

先シーズンから冬の営業をしていなかった、
白馬ハイランドホテルの前にある
スキー場「白馬ハイランドスノーパーク」が
本当になくなる日が来てしまいました。

かつて、白馬ハイランドスノーパークが営業していた頃↓

かつてのスキー場.jpg

本当に多くのお客様に訪れていただきました。

そのスキー場も、時代の流れや温暖化で雪解けも年々早くなり・・・。
白馬ハイランドスノーパークがクローズとなってしまいました。

どなたか、営業をしてくれる方を探していたみたいなのですが、
残念ながら今回、スキー場が取り壊わされる事となったそうです。

私はホテルに出勤して、スキー場の方を見てみたら
スキー場にショベルカーが上がっているではありませんか?

見るとリフトの鉄の支柱を撤去していました。
工事される前のスキー場↓

工事前.jpg

赤丸で囲った部分がリフトの支柱です。
何日もしない間に鉄の支柱が1本なくなり、2本なくなり・・・。

コスモスとユンボ.jpg

アッと言う間にファミリーゲレンデだった
第二トリプルリフトの鉄の支柱がなくなってしまいました。

寝かされた支柱.jpg

何十年も立ち続けた支柱が横になっていました。

支柱が立っていた部分も元から何もなかったかの様に
綺麗に整備されていました。

そしてリフト小屋も↓

壊される.jpg

壊されていきました。

後は、抜群の眺望だったハイランド山頂まで行く第一ペアリフトも
壊される日は近いですね。

ホテルフロントから聞こえた、リフトを回している時の
「ピンポーン」と言う音も聞こえなくなります。

とても寂しく思う
のん

追伸
白馬ハイランドスノーパークはなくなりますが
白馬ハイランドホテルはこれからも営業していきますので
これからも、応援をお願い致します。
この記事へのコメント
ついにこの日が来ましたか…、仕方がないとはいえ寂しいですね。

有名なスキー場の陰で小さく頑張っていて、多くの白馬っ子をスキーデビューさせたり、最高のロケーションで観光客を楽しませたのにね。

大きな衛門掛けとして残しておけませんからね。

リフト支柱の無くなった後のゲレンデがどのようになるのか楽しみにしています。

しかし私は仕事で毎日リフトに乗っていましたが、ノンさんは何回ぐらい乗りましたっけ…?

Posted by 髭隊長 at 2010年09月10日 06:02
髭隊長さん、とうとう髭隊長さんとの楽しかった思い出の場所がなくなります。初めての白馬で寂しかった私は、見た目の怖い髭隊長さんが意外にも優しい笑顔とお喋りに、緊張もなくなりましたし、安心して働く事が出来たのを思い出します。
ハイランドのリフト、昔の事なのに何度乗ったか覚えていますよ♪第一ペア2度、第二トリプルは6度でしたか。 これって自慢になりませんね。もうこの3シーズンは一度も滑りに行っていません。

髭隊長さん、お子さんと奥さんを連れて白馬に滑りに来て下さいね。

Posted by のん at 2010年09月10日 15:35
えつ 本当に 無くなるの・・・・残念!

子供連れにもって来いのスキー場だったのに

本当に、残念
Posted by ひろにっき2 at 2010年09月10日 18:29
ひろにっき2さん、こんばんは

リフトが無くなったブログを入れた翌日も工事は着々と進んでおり、倒れている支柱やリフトの部品を取り外していく現場を見ているととても複雑な気持ちです。

そうですよ!
ひろにっき2さんの様に、スキー場ではしゃぐお子様が二度と見られないのも、やはり寂しく思います。
しかしながら、白馬村にはお子様が遊べるスキー場はたくさんあります。
是非、また訪れて下さいませ。
Posted by のん at 2010年09月10日 20:00
思い出のスキー場が閉鎖されることは非常に心が痛むことです。

 スキー場の運営に触れたのは、こちらのセンターハウスがはじめてのことでした。パトロール隊員という視野から、ゲレンデはもちろん、スキー場全体に興味をもち、現在の職種に至ってるのは、全て白馬ハイランドスキー場が原点となっています。

 今、生活をしている岐阜県奥美濃地方は高速道路の利便性もよく、また、人工造雪、降雪設備の導入も集中しているエリアでまだまだ体力はありますが、一方ではそれらの設備への投資ができないスキー場については右肩下がりの状態です。エリアを隣する飛騨地方は毎年ひとつぐらいは閉鎖の話を耳にする昨今です。

 スキー、スノーボードといった「滑走」のみならず、早くから松沢幸靖さんをはじめとする方たちがテレマークやスノーシューなどに着目して多角的に「ゲレンデ」というものを考えていらっしゃたと思いますし、営業用につくったカマクラの中で当時のA副支配人と語り合った夜は、今でもサービスに対する考え方の基本となっています。

 今更嘆いても仕方ないとわかってはいるのですが、支柱や駅舎が解体される画像は正直、心が痛いです。この場を借りていわせてもらいます。本当にありがとうございました。この先も、白馬ハイランドスキー場は僕の原点です。ラーメンを作りながらお客さんと触れ合った日々に、チケット売り場から髭隊長(間違いなくあの方だと思いますが)と眺めたゲレンデに、第一ペアの中腹から眺めた白馬三山と白馬の街並みに、そして当時の僕を支えて下さったスタッフの方々に、感謝しています。(付け加えるならば、2Fレストランの洗浄機の暖かさと、自販機の精算時の煩わしさや、レンタル返却後の鼻をつく香りでさえも今となってはいい思い出です。)背中の十字からは少し離れた作業をしていますが、いつも僕はスキーパトロールであり続けます。

 幸い、ホテルの営業は続けられるということなので、当時と経営される方が違うことが違うことを十分承知しながらも、また、思い出のフロントと温泉に立ち寄りたいと思います。長々と失礼しました。
Posted by 初代ラーメンパトロール at 2010年11月10日 13:36
もう30年も前ですが、私、このスキー場で、こっそり練習させていただいていました。なくなるという記事を読んでとても残念です。私も、ここがスキーの原点です。

学生時代の4年間、白馬駅前の旅館でバイトをしながら、朝7時ごろからスキー板を担ぎながら歩いてスキー場まで練習にいってました。(旅館のリフト優待券があったので)当時は、グリーングラブ?だったかの名前だったと思います。

リフトが動き出す前に、てっぺんまで上がり、直滑降で下まで降りると、ちょうどリフトが動き出し、数本を滑って、バイトに帰る。

ほんとに、こっそり練習するにはいいところで、1週間に一回だけ対面にある八方尾根を上から一本すべることを楽しみに、毎日のように練習してました。

残念です。一度、子供たちを連れて行きたかったなぁ〜。

「お父さんはここで練習したんよ」

て、いいたかったです。

運営ご苦労さまでした。

Posted by 門司港のバナナマン at 2010年12月29日 16:17
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