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2018年01月30日

冬の川中島古戦場

春から秋にかけて、のんびりお散歩に良さそうな、長野インター近くの史跡があります。
大きな広場になっている川中島古戦場跡地。今は史跡公園になっています。
最近は川中島と聞くと、桃??という方もいらっしゃるくらい、8月の白鳳と、白桃という桃が人気ですが、戦国時代にさかのぼれば、千曲川の流れも今とは違ったとの話も聞きますが、武田信玄、上杉謙信が数度にわたって争った地でもありました。


雪のある季節に訪れるのは初めてのこと。
無料の駐車場に車をおき、中を見てきました。

川中島古戦場史跡公園

史跡になるのでしょうか、この古戦場史跡公園の北側に八幡社があります。
祀られているのは諏訪大社の神様であるタケミナカタのカミですが、立派なお社がありまして、ここには・・・・巴紋が書かれているんです!!

川中島古戦場史跡公園

巴紋って八幡社の紋という印象がありまして、でも、以前には何とも思っていませんでしたが、そういえば、そういえば、この川中島と言えば、武田家の軍師、山本勘助が戦死した場所でもあります。
そして、今まで気にしたこともありませんでしたが、山本勘助の家紋が巴紋、三つ巴ということを、何年か前に知ったわけです。

それがこの場所で静かに結びついたような気がしました。
もしかしてここには山本勘助氏も祀られている??
ただ、山本勘助の家紋があるのならば、どこか近くに主である武田家の家紋も書かれていてもよさそう??
でも、山梨にある勝沼の恵林寺というお寺が武田の菩提寺ですものね。武田神社にも武田家の家紋が書かれていたような??

すみません、この八幡社には、各所に説明書きがあるのですが、ちゃんと読んだことがなく、社務所の方に話を聞いたこともなく・・・・。勝手な想像です。違うかもしれません。。

ある意味、妄想でしょうが、大してない知識を結び付けて考えるのって、自己満足ですが、なんだか楽しいものです。


そして、これこれ

川中島古戦場史跡公園

なんて書いてあるか読めますか??
そう、三太刀七太刀之跡です。
みたちななたち

この碑の近くにあるのが、道路からも木々の間にわずかに見えるこの銅像

川中島古戦場史跡公園

近くで見ると大きなものです。
両雄の一騎打ち
劣勢の武田信玄に刀を振り下ろす上杉謙信
軍配で受け止める信玄公。
三度刀は振り下ろされたそうですが、後で軍配を見てみると、七つの傷がついていたとか。

想像力は豊かなほうではないかもしれませんが、これを見るとなんとなく思い浮かびます。


決着がつかなかったのは、攻められている武田信玄を守ろうと、上杉謙信に槍を突き立てた家臣がいたからだそう。
その突きがあったからか、勝敗のつかぬまま上杉がこの場から離れたんだそう。

私が槍を立てた本人だったら、主君に「殿、だいじょうぶですか?」と聞くでしょうけれど、この家臣は、上杉謙信の命をとれなかったことが悔しくて悔しくて仕方がなかったらしく、その持っていた槍で、近くの岩を刺したんだとか。

刺された岩はたまったもんじゃないかもしれませんが、槍は岩を突き抜け、岩に小さな穴が貫通しています。
執念の石というそうですが、この銅像の脇に静かにおいてありました。

川中島古戦場史跡公園


いろいろと考えながら歩いていたからか、楽しかった!!

川中島古戦場史跡公園

雪の残る公園部分
温かくなったら歩いてみたいですね。

アルプスを見ながら立っている、佐久間象山の像
松代の印象があって、近いからなのか、それとも川中島とゆかりがあるのか知りませんが、佐久間象山は県内いろいろと話が残っていますしね、何かあったのかもしれません。

川中島古戦場史跡公園

今回は冬の川中島でしたが、かつて戦が繰り広げられたのは秋だったと聞きます。
どちらにせよ、雪のない時期でしょうね。
天気のいい、過ごしやすい日。
そもそも公園ってそんなときにぶらりしてみるのが一番なのかもしれません。


でも、戦国の歴史のお好きな方はぜひ。
あれこれ昔のことを想像しながら一人で楽しめる場所ですw



とみしん

23:57 | Comment(0)
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